オーストラリアのサイバー戦能力
おことわり
以前整理した内容に加筆しています、一部に古い記述があります。
戦略文書
オーストラリアのサイバー空間に関する戦略文書は、国家安全保障戦略とサイバーセキュリティ戦略である 1 2。2013年1月にオーストラリア政府は、国家安全保障戦略(Strong and Secure: A Strategy for Australia’s National Security)を発表した。この戦略は、悪意のあるサイバー空間上での活動を国家安全保障上の重要なリスクと指定し、その後5年間の最重要課題としてサイバー政策と作戦の統合を挙げた。また、この戦略はサイバー空間を戦略的なアセットと位置づけ、これを最大限活用することがオーストラリアにとって必須であり、政府内のサイバーセキュリティ関連組織を統合することを宣言した。
2020年8月6日に内務省は、サイバーセキュリティ戦略を発表した。この戦略は2016年に発表されたサイバーセキュリティ戦略を置き換えるものである。新たなサイバーセキュリティ戦略は、政府がオーストラリア国民、経済、及び重要インフラを洗練された脅威から守ること、産業界が製品やサービスを安全すること、コミュニティが安全にオンライン上で行動し購買することを目標に掲げている。また、この戦略は、オーストラリア政府がサイバー空間における防御的な能力だけでなく、攻撃的な能力を行使することを宣言している。
2020年7月1日に国防省が発表した2020 Defence Strategic Updateはオーストラリア信号総局(Australian Signals Directorate: ASD)のインテリジェンスとサイバー能力の強化の方針を示した 3。また、サイバー分野の強化策として、サイバー攻撃から重要通信インフラを防護すること、指揮統制システムや電磁波領域と統合した防御的サイバー作戦、攻撃および作戦運用におけるサイバー能力の強化を挙げている。
また、同日に国防省が発表した2020 Force Structure Planでは、情報とサイバー、海洋、空、宇宙、陸領域の統合作戦を推進している。また、この計画は、オーストラリア政府が情報とサイバー領域においては、防御だけでなく攻撃的な能力に投資する姿勢を強調している。具体的な戦術については、統合サイバー作戦として、ASDが中心となって自身のネットワークや作戦システム・プラットフォームを守りつつ、相手側情報ネットワークへの攻撃を行うとしている。また、ASDが行うインテリジェンス収集についても、強化する方針を示している。
国家体制
オーストラリアにおけるサイバー空間に関連した組織は、ASD傘下のAustralian Cyber Security Center(ACSC)、国防省、国防軍である。オーストラリア政府は、2014年11月に政府内のサイバーセキュリティ関連組織を集約したACSCを設立した。2018年7月1日からACSCはASDの一部として活動し、ASDはインテリジェンスとサイバーセキュリティの両方を担当することになった。ASDの組織図をみると、国防相をトップとして、ASD長官のもとにSIGINT部門とACSCが並んでいることが分かる(図 5)。ACSCは、ASD、Defence Intelligence Organisation、Australian Security Intelligence Organization、司法省CERT Australia、連邦警察、公安委員会と連携して、オーストラリアに対するサイバー脅威に対応している。
図 5 Australian Signal Directorateの組織図 出所:ASD Annual Report 2018-20194 オーストラリア政府はサイバーセキュリティ戦略において、16.7億豪ドルを2030年までに投じる予定である。この予算には軍事関係のものは含まれておらず、主に政府全体や民生分野に投じるための予算とみられる。 2020 Defence Strategic Updateは軍事分野のサイバー関連予算を示している。この文書は、サイバー領域などにおける平時と有事の間のグレイゾーンにおける対応力強化等のために、今後10年間の防衛に関する投資の6%である150億豪ドルをサイバー分野に割り当てることとしている。また、2020 Force Structure Planは、2020年から2040年までのプロジェクトとして、次の情報とサイバー分野の中核的プロジェクトを提示している。
- 情報戦強化 2020年代前半から2030年代前半、1〜1.5億豪ドル
- シグナルインテリジェンスとサイバー能力 2020年から2040年、39〜60億豪ドル
- ネットワークセキュリティアップグレード2020年から2030年、7〜10億豪ドル
- ネットワークレジリエンス改善 2020年から2040年、33〜50億豪ドル
- 新興技術 2030年代前半から2040年、17〜25億豪ドル
- 多国間情報共有 2020年代後半から2040年、26〜38億豪ドル
軍の組織・能力
オーストラリアにおけるサイバー戦能力の中心はASD、国防省情報戦部(Information Warfare Division: IWD)オーストラリア陸軍138信号戦隊(Army 138 Signal Squadron)、海軍艦隊サイバー隊(Navy Fleet Cyber Unit)、空軍462 戦隊(Air Force No. 462 Squadron)である。2016年4月マルコム・ターンブル(Malcolm Bligh Turnbull)首相は、ASDが攻撃的なサイバー空間における攻撃的な能力を有していることを明らかにした 5。
さらに、オーストラリアはサイバー空間における攻撃的能力を利用したことを公表している。ASDのマイクバージェス長官は、ASDが中東において攻撃的なサイバー作戦を実施し、イスラム国対して通信の妨害、プロパガンダの拡散などを行ったことを明らかにした 6。この攻撃は標的を限定する形で行われ、ASDは通信を妨害するコマンドにより、イスラム国の司令官をインターネットに接続できなくすることに成功した。また、別の作戦では、ASDは国外テロリストの宣伝用コンピュータを利用不可能な状態にした後、宣伝資料を破壊したと述べている。
国防省IWDは、2017年に統合能力グループ傘下に作られた情報に関する脅威に対処するための部局である。情報戦に関する能力開発を担当しており、オーストラリア軍のCyber Gapプログラムを通じて、学生がサイバー関連の経験をできるようにしている 7。 オーストラリア陸軍138信号戦隊、海軍艦隊サイバー隊、空軍462 戦隊は、各軍種における防御的なサイバー戦を担当する部隊である。これらの部隊は米国CYBERCOMと共同演習を実施している。
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Australian Department of the Prime Minister and Cabinet, “Strong and Secure: A Strategy for Australia’s National Security,” 23 January 2013. https://apo.org.au/sites/default/files/resource-files/2013-01/apo-nid33996.pdf. ↩
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Australian Government, “Australia’s Cyber Security Strategy 2020,” 6 August 2020. https://www.homeaffairs.gov.au/cyber-security-subsite/files/cyber-security-strategy-2020.pdf. ↩
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Australian Department of Defence, “2020 Defence Strategic Update,” 1 July 2020. https://www1.defence.gov.au/sites/default/files/2020-11/2020_Defence_Strategic_Update.pdf. ↩
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https://www.asd.gov.au/sites/default/files/2022-03/annual_report_2018-19.pdf ↩
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Australian Department of the Prime Minister and Cabinet, “Launch of Australia’s Cyber Security Strategy,” 21 April 2016. https://pmtranscripts.pmc.gov.au/release/transcript-40308. ↩
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Australian Signals Directorate, “Director-General ASD speech to the Lowy Institute,” 27 March 2019. https://www.asd.gov.au/publications/speech-lowy-institute-speech. ↩
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Australian Department of Defence, “Information Warfare Division,” https://www.defence.gov.au/jcg/iwd.asp. ↩