中国のサイバー戦能力
戦略文書、発言
中国の習近平国家主席は、サイバー空間に対する強い意欲を見せている。習主席は、2018年4月に開催された全国網絡安全和信息化工作会議で、情報化は中華民族に千載一遇のチャンスをもたらしたと指摘し、サイバー・情報分野の軍民融合を強化し、サイバー空間のグローバル・ガバナンスにおいて主導的な役割を担うことを表明しつつ、独自開発でインターネット強国建設を推進することを発表した1。
習主席は、中国のサイバー関連政策の方向性を定める原則として「4項の原則」という説明を行っている2。「インターネット主権を尊重する原則」「平和と安全を維持する原則」「開放的な協力を促進する原則」「良好なる秩序を構築する原則」の4原則によって構成され、サイバー空間における国家主権の重要性を主張している。
2016年12月27日、中央網絡安全和信息化領導小組(中央ネットワーク安全・情報化指導小組)と国家網絡情報弁公室はサイバーセキュリティ戦略を発表した3。この戦略は中国のサイバー空間における原則、戦略的課題を提示している。中国はサイバー空間における原則として、主権の維持尊重、平和利用、法による管理の推進、セキュリティと発展の両立を掲げ、戦略的課題として主権の徹底的な守り、安全の維持、重要情報インフラの保護、ネットワーク文化の強化、サイバーテロと違法行為への対策、ネットワークガバナンス体制の整備、セキュリティの基礎固め、防御力の引き上げ、及び国際協力体制の強化を挙げている。
人民解放軍は、情報化戦争をキーワードとして、新技術や戦争形態の認識を変化させている。2019年7月に人民解放軍が公表した国防白書は、「新たな科学技術革命と産業革命の推進の下、人工知能(AI)、量子情報、ビッグデータ、クラウドコンピューティング、モノのインターネット(IoT)など先端科学技術の軍事分野における応用が加速」していると指摘している。また、この白書は、戦争形態が「情報化戦争へと速やかに変化し、智能化戦争が初めて姿を現している」と指摘している。「智能化戦争」とは、人工知能を活用した戦争であり、具体的には「IoT情報システムを基礎として、AI化された武器・装備および関連する作戦方法を使用して、陸・海・空・宇宙・電磁波・サイバーおよび認知領域で進める一体化戦争」としている。
人民解放軍は2019年7月、戦争形態の変化に対応するために「新時代における軍事戦略方針」を新たに策定したことを明らかにした。この中で、中国人民解放軍(人民解放軍)は、サイバー空間の重要性を情報の支配権の観点から、重要視している。 人民解放軍におけるサイバー戦能力の活用目的の一つは抑止である。2016年4月に、習主席は「サイバーセキュリティ能力と抑止(威懾)能力を増強する。サイバーセキュリティの本質は対峙にあり、対峙の本質は攻守両面における能力の競争である」と述べている 4。
国家体制
中国共産党におけるサイバーセキュリティ関連組織は、中央網絡安全和信息化領導小組(中央ネットワーク安全・情報化指導小組)であり、習近平主席が議長(組長)に就任している。副議長(副組長)には李克強首相と王滬寧中央政治局常務委員が就いている。領導小組は中国政府の組織ではなく、中国共産党の組織だが、中国の体制の下では共産党が実質的な政策決定権を担っており、この領導小組がサイバーセキュリティに関連する政策の最終決定を担うことになる。
中国政府(国務院)におけるサイバーセキュリティ関連組織は、国家互聯網信息弁公室(Cyberspace Administration of China: CAC)である。国家互聯網信息弁公室は新聞弁公室の下部組織であるとともに中国共産党の中央網絡安全和信息化領導小組と同一組織である。習近平国家主席は人民解放軍建設の方針として、科学技術による軍の強化(科技強軍)を掲げている。
国家安全部は、中国の諜報機関であり、中国共産党と中国政府の両方の傘下にある組織である。中国各地に国家安全局を配置している。米国等は、国家安全部がサイバー空間における諜報活動を実施しており、APT10と関係があると指摘している。
軍の組織・能力
人民解放軍のサイバー戦能力
人民解放軍は、習主席による軍事改革の一環として2015年に戦略支援部隊を創設し、情報の支配権「制信息権」(信息は中国語で情報の意味)の掌握を目指している。戦略支援部隊は、宇宙・電磁波領域を統合し、サイバー空間を利用した情報支援を行う5。そのため、人民解放軍におけるサイバー戦の能力は主に戦略支援部隊にある。
習主席の軍事改革は、人民解放軍の活動について中央委員会、戦区、軍種間の役割を整理した。この役割整理は軍委管総、戦区主戦、軍種主権と呼ばれ、中央委員会が全体管理を行い、東西南北中の5つの戦区が軍事作戦を立案・実施し、陸・海・空・ロケット軍・戦略支援部隊、連勤保障部隊などの軍種が作戦実施に必要な戦力を提供するよう、役割が整理された。戦略支援部隊は、参謀部、政治工作部、規律検査委員会、ネットワーク系統部、航天系統部を主な部局として持っている5。そのうち、ネットワーク系統部は、サイバー・電磁波領域の偵察・防御・攻撃、技術偵察を行う。また、戦略支援部隊は研究開発に関連する人民解放軍の大学や研究所として、情報システム工学や暗号を研究する解放軍信息工程大学、改革以前の総参謀部第56研究所、第57研究所、第58研究所を傘下に持ち、暗号技術、スーパーコンピュータに関する研究を実施している。
戦略支援部隊は軍事改革によって急成長した部隊である。サイバー戦に関する戦力を提供する戦略支援部隊の位置づけについて、米国防総省が2020年に発表した中国に関する報告書は、同部隊が戦区と同様の地位にあると結論している6。一方で、Pollpeterらは、2017年に発表した報告書において、同部隊が中央軍事委員会の直接の指揮下に置かれる部隊であり、陸、海、空、またはロケットの軍種ほどの地位・規模のものでないと分析していた 7。いずれの報告書も人民解放軍が同部隊を重要視していることを指摘していたが、この認識の差は戦略支援部隊の規模が数年で拡大したことを表している。
同部隊は陸・海・空などの異なる軍種の要員から構成される統合軍であり、これまで総参謀部の下にあったサイバー戦を行う部隊などを統合した部隊である。軍事改革以前、人民解放軍におけるサイバーや電磁波を扱う部署は総参謀部第三部、第56研究所、第57研究所、第58研究所、総参謀部第四部に分散していたが、戦略支援部隊はこれらを一カ所に集約した。また、大学や軍事関連企業グループと連携協定を結んでおり、国防部によると中国科技大学、上海交通大学、西安交通大学、北京理工大学、南京大学、哈爾浜工業大学等の大学や航天科技集団公司、航天科工集団公司、及び電子科技集団公司等の軍事企業が連携協定を結んでいる8。また、Costelloらは、同部隊は情報化戦争における勝利を目的として、攻撃的な諜報任務を含む次の任務を実施すると指摘している 5。
- 技術情報の収集と管理の一元化
- 戦区への戦略インテリジェンスの支援提供
- 人民解放軍の戦力投射能力の確保
- 宇宙・核領域における戦略的防御の支援
- 統合運用の確保
人民解放軍は、平時における情報戦や情報窃取を目的としたサイバー空間における作戦や、戦争初期の段階で機先を制する目的でサイバー攻撃を利用する。人民解放軍軍語では、情報戦を、敵対する双方が政治、経済、科学技術、外交、文化、軍事などの領域において、情報技術を利用して進める主導権を巡る争い、として定義している。そのため、平時における情報窃取を目的としたサイバー戦は、人民解放軍における情報戦の一部として位置付けている。また、米国防総省は、人民解放軍が情報戦を通じて軍事・政治・経済上の標的を攻撃できることを示して脅すことを抑止力として利用することを議論していると指摘し、人民解放軍がサイバー戦能力を宇宙や核による抑止力と統合していると指摘している。 人民解放軍が実施するサイバー戦は、抑止、偵察、防諜、攻撃、防御を目的としているといわれる(表 2)。八塚は、人民解放軍によるサイバー戦の特徴として、人民解放軍は情報戦を戦時・平時を問わず実施すること、サイバー作戦を第一撃で実施すること、及び戦争目的の厳密なコントロールとエスカレーションを重要視していることを指摘している 9。
表 2 サイバー作戦の種類
サイバー作戦の種類 | 概要 |
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サイバー抑止 | C4ISR、交通・情報インフラなどの敵方の政治・軍事・経済に甚大なダメージを与えうるサイバー攻撃能力を見せて、相手のサイバー攻撃を牽制 |
サイバー偵察・反偵察 | ウィルス、トロイの木馬などのマルウェアを利用して軍事情報を窃取 |
サイバー攻撃 | ウィルスによるデータ破壊、ハッカー攻撃、通信妨害などを利用して敵方の指揮命令系統、通信ネットワーク、武器・装備のコンピュータシステムなどを破壊 |
サイバー防御 | 敵方からの偵察、妨害、秘密窃取、破壊に対する防御作戦 |
出所:防衛研究所「中国安全保障レポート2021」2020年、p28;肖天亮主編『戦略学』国防大学出版社、2015年、pp. 147-149
また、人民解放軍はサイバー戦を電磁波領域や物理的な領域と組み合わせることが効果的な攻撃となるとみている。このアプローチは、2002年に総参謀部第四部長の戴清民少将が、統合的なサイバー・電子戦に焦点を当てると表明していた 10。そのため、人民解放軍はサイバー戦と電磁波領域の統合を10年以上行ってきたことがわかる。 人民解放軍は、軍民融合のもとに民間IT企業の最新技術を利用し、サイバー戦能力を強化している。中国政府は、情報技術分野において、国営企業を民営化し、経済的な利益と軍事調達における最先端技術の獲得の双方を目指すという方針をとった。その結果、華為やZTEといった民間のIT企業はハイテク研究発展計画(863計画)などを通じた資金提供や銀行からの融資を優先的に受け、基盤を強化してきた。また、これらの企業は巨大な中国国内市場への進出を目的とした欧米先進国との合弁企業の設立によって、最先端の技術を獲得してきた。 情報技術分野は航空機やミサイルなどの製造とは異なり技術的な進展が速い。そのため、旧来の国防科学技術工業十大グループなどの組織構造に属さない民間のIT企業が人民解放軍を顧客として製品を提供している。米国RANDの報告書は、中国における情報通信分野の軍事調達先は、人民解放軍傘下の軍需工場、国営研究機関、民間企業から構成されていると指摘している。また、この報告書は、人民解放軍や中央政府が民間企業に対して調達のための資金提供を行うだけでなく、民間企業と国営研究機関が研究協力を行うなど、役割分担をしていると指摘している 11。
「信息化为中华民族带来了千载难逢的机遇。」
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中華人民共和国中央人民政府, 習近平出席全国網絡安全和信息化工作会議併発表重要講話, hxxp://www.gov.cn/xinwen/2018-04/21/content_5284783.htm ↩
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中国共産党新聞網, “四項原則”彰顕担当 習近平推動全球互聯網治理体系変革, 2022年7月11日, hxxp://cpc.people.com.cn/n1/2022/0711/c164113-32472041.html ↩
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中華人民共和国国務院新聞弁公室, 国家网络空间安全战略, 2016年12月27日, hxxp://www.scio.gov.cn/xwfbh/xwbfbh/wqfbh/39595/41105/xgzc41111/Document/1660222/1660222.htm ↩
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新華網, “習近平在網信工作座談会上的講話全文発表,” 2016年4月25日 hxxp://www.xinhuanet.com//politics/2016-04/25/c_1118731175.htm ↩
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J. Costello and J. McReynolds, “China’s Strategic Support Force: A Force for a New Era,” 2 October 2018. https://ndupress.ndu.edu/Media/News/Article/1651760/chinas-strategic-support-force-a-force-for-a-new-era/. ↩ ↩2 ↩3
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Office of the Secretary of Defense, “Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China 2020,” 1 September 2020.https://media.defense.gov/2020/Sep/01/2002488689/-1/-1/1/2020-DOD-CHINA-MILITARY-POWER-REPORT-FINAL.PDF. ↩
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K. L. Pollpeter, M. S. Chase , E. Heginbotham, “The Creation of the PLA Strategic Support Force and Its Implications for Chinese Military Space Operations,” 10 October 2018. https://www.rand.org/pubs/research_reports/RR2058.html. ↩
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中華人民共和国国防部, “戦略支援部隊与地方9箇単位合作培養新型作戦力量高端人才,” 2017年7月12日. hxxp://www.mod.gov.cn/power/2017-07/12/content_4785370.htm. ↩
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八塚正晃, “中国安全保障レポート2021 第2章中国のサイバー戦,”2020年11月13日. http://www.nids.mod.go.jp/publication/chinareport/pdf/china_report_JP_web_2021_A01.pdf. ↩
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林穎佑, “中国近期網路作為探討:従控制到攻撃,” 2016年9月1日. http://www.tisanet.org/quarterly/12-3-3.pdf. ↩
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E. S. Medeiros, R. Cliff, K. Crane and J. C. Mulvenon, “A New Direction for China’s Defense Industry,” 10 November 2004. http://www.rand.org/pubs/monographs/MG334.html. ↩